どうして英語を学ぶのか?

POST INFO

Table of Contents

Table of Contents

AIも普及しているし、高機能な翻訳機もあるこのご時世、「 日本で暮らしているのであれば、英語は別にマスターしなくても困らないのでは? 」そう考えてもおかしくありません。

 

それでもなぜ、どんな時代でも英語を学ぶことが人生に計り知れない恩恵をもたらす可能性があるのか。実体験を交えながら考えてみたいと思います。

 

何を隠そう、ある出来事が起こるまでは、私は英語にまったく興味がありませんでした。家庭では母が姉のために英語のテープを流したりはしていましたが、聞き流しているだけで、多くの日本人と同じように中学からの義務教育からの英語学習のスタートでした。そもそも、昭和生まれで外国人もまだ日本に少なかった時代、「 別に私は日本に生まれて日本に暮らしているし、英語はどうでもいいのだけど。。。 」と考えており、英語のテストもせいぜい50点満点で30点台辺りの至って普通の理解度で、英語に対して特段にやる気がある生徒ではありませんでした。Be動詞の意味も理解していませんでした。

 

何となく過ごしていた中学2年生の夏、その時期徐々にある映画俳優のファンになっていた私は、その映画俳優が主演している公開中の映画を映画館で観て、「 すごい!こんな映画日本では到底作れない。日本の外に、もっと広い世界が広がっているんだ! 」という、当たり前のことに気が付き、「 将来海外でも働いて生活できる英語力を身につけるんだ! 」と決めた夏から、私の独学での英語習得への道が始まりました。始まりは、とてもミーハーなものでした。

 

その夏から人が変わったように自主的に英語を勉強するようになり始めに気が付いたことは、実は英語は楽しいということでした。勉強 (というよりも練習?) を続けるうちにいつの間にか実際に話せるようになり、日常的に英語に接する生活となり、海外生活も経験したのですが、中学2年生の当時の私は全く予想していなかったプラス面を多く実感してきました。

 

まず、英語を習得すると得られるメリットとして安易に想像できるのは、下記のような点ではないかと思います。

 

  • 多くの出会いがあり、様々な人と交流できる
  • キャリアアップに有利 
  • 進学に有利
  • 海外旅行のハードルが下がる
  • パートナーの選択肢が増える
  •  
  •  

このようなアドバンテージがどのような機会に結びつく可能性があるかを考えただけでも英語を習得する甲斐は十分にあります。 しかし、それよりも地味ですが、継続的に英語力があることで得られる本当の強みとは、下記のような点ではないかと、私はしみじみと感じてきました。

1. 入手できる情報量と早さの違い

 

多くの分野において、入手可能な情報量と、その情報が公開・共有されるスピードには、英語と日本語の間に大きな差があります。

 

普段から英語で主に情報収集をしていると、多くの事項が日本ではワンテンポ遅れてから話題になっているという感覚があります。 物事の決断や、今後の展開を予想する際にも役立ちますし、特定の分野において専門性を高めたり、何かについてリサーチをする場合も、リソースの量が格段に増えることが大きなアドバンテージになります。

 

正直、この点は英語を習得したことで得られる一番の利点の一つであると日々実感しています。

 

 

2. 自国や自己を異なる視点から見れる

 

私が中学2年生の時に英語を自主的に勉強し始めた動機は、「英語を習得して英語圏で不自由なく働けて生活できるようになる。」という単純なものでした。

当時アメリカに渡って映画関係の仕事をしたいと夢みていた私は、自分が日本で生まれて英語を一から習得しなくていけないことを物凄く不利な立場だと考えていました。アメリカに生まれたかったと思っていました。

 

しかし実際に英語を習得し、アメリカで生活してみて学んだことは、まったく正反対でした。

 

日本人であることは、強みだったのです。

 

日本で生まれ育ち、当たり前だと思っていた水準や常識は、他国では決して当たり前ではありません。 日本語で思考し、日本語で感情を育て、日本社会の中で形成された私たちには、日本人としてのアイデンティティと、その文化に根ざした独自の視点があります。

 

他文化を体験し、異なる社会で生活すると、日本にいるだけでは気づけなかった日本の良さや強みが見えてきます。

 

もちろん、個人的にはアメリカでの暮らしの方が性に合っていて、「日本でもこうだったら良いのに。」と思った点も多々あることも事実ですが、中学2年生の頃、英語を学ばなければならないことを不利だと感じていた私が、今では間違いなく日本人であることを誇りに思っています。

 

さらに気づいたのは、複数の文化や言語を体験的に知っていること自体が、物事を見るときの大きな強みになるということでした。

 

ある文化や社会の中で形成された世界観を持っていることは、異なるの秩序や価値観の社会で暮らす際に、むしろ強みになるのです。 生まれ育った文化や価値観とは違う文化の視点が重なることで、物事を複数のレイヤーを通して見ることができるようになります。

 

自分たちの文化や考え方がすべてではないと体験的に知ること。 そして同時に、自国や自分自身をより客観的に見られるようになること。

 

それは、私にとって予想していなかった、英語学習の大きな恩恵でした。

 

 

3. 視野と可能性、思考の枠組みが圧倒的に広がる

 

全てのアドバンテージの本質を考えると、これに尽きると思います。

 

そしてこれには、人生をより豊かにしてくれる、とてつもない価値があると思います。

英語を使いこなせるという状況は、人生のプレイグランドが何倍にも広がるということです。ただ単に、就職先の選択肢が増える、昇進につながる、というような分かりやすいメリットだけではありません。もちろん、英語力を活かして得たチャンスが視野を広げ、新たな可能性に広がるということは十分に考えられますが、キャリアや学歴面などの表面的なメリットを越えて、人生を切り開く、底力になると感じています。

 

また、言語が思考の枠を変えると実感したエピソードを一つご紹介します。

若い頃、交通事故の慰謝料交渉の際、提示された金額に違和感を覚えたことがありました。しかし異議書を日本語で書くと、どうしても主張が弱くなってしまうと感じました。

そこで、結論や主張を先に置く言語である英語で一度異議申立書を書き出し、その構造のまま日本語に直訳した形で提出したところ、結果として正当に評価されました。

 

言語は単なる道具ではなく、思考の形そのものなのだと実感した瞬間でした。

これらの強みは一見地味ですが、一生日本にいようが、社会に出てバリバリ働いていようが、世界中を放浪中であろうが、子育て中であろうが、家で篭って趣味の日々に明け暮れていようが、自分が人生のどのフェーズにいて何をしていても、自分の人生を豊かにし、自分を成長させることにつながります。

 

で、結局なぜ今の時代でもまだ英語を習得するのか? 一言で言えば、視野が広がるから。と要約されるでしょう。

 

より多くの情報や世界に触れたり、様々な人との交流したことにより得られる視野の広がりや深まりは、英語が必要なときにAIや翻訳機の助けを借りながらでは、どこかで限界を感じてしまい、不自由さを感じてしまうことでしょう。  また、日進月歩で進むテクノロジーも、ある一線を越えるとどれだけ信用し、頼って良いものかという疑念も生まれます。電子辞書程度に補助的に利用するならまだしも、それらのサービスを提供する会社に、サービスと引き換えに情報を共有することは果たして安全なのか?というプライバシー意識の観点からも、こういったAIなどのサービスに依存しすぎるのは危険だと私は個人的に考えます。

 

また、近年は一昔前では想像もできなかったような事が実際に起き、社会は刻々と変化しています。この情報社会の中、日本語でアクセスできる情報だけでなく、英語でも最新の情報にも抵抗なくアクセスできることが、明日の皆様や大切なご家族を守ることにつながると思います。

 

英語は多くの人にとって目的ではなくツールです。どの分野に進もうとも、どんな生き方を選ぼうとも、ご自身の可能性を広げる計り知れない武器となると確信しています。

Sign up for our newsletter

YOUTUBE

INSTAGRAM

This site uses cookies to offer you a
better browsing experience.